ゆきの日常

知的障害を持つ娘と家族の日常を書いてます

ゆきが知的障害とわかるまで(番外編・3歳でできなかったあれこれ)

こんばんは。

ゆきが知的障害とわかるまでを書いてきましたが、ゆきの発達については(できないことが多すぎて)書ききれないほどエピソードがあります。

今回はその一部を書きました。

 

こんなにできないことがあるのに、障害に気が付くのが遅すぎなのでは?

と思われるかもしれませんが、温かい目で読んでいただけたらと思います。

 

 

エピソード① キックバイク

3歳でキックバイクにまたがらせたら、秒で転倒。しばらくはキックバイクを見るだけで嫌がるようになりました。

キックバイクに乗るようになったのは4歳ごろからです。

 

エピソード② 三輪車

ペダルを漕ぐ足の動きができないのか、力がないのか、

三輪車のペダルを漕ぐことが出来ませんでした。

今は乗れるようになりましたが、三輪車に乗れるようになったのは、4歳後半です。

 

エピソード③ またぐことができない

アスレチックや遊具をまたぐことができない。

普通当たり前のように出来そうな動作ですが、『またいで方向転換する』という動きは、実は難しいことだと、発達センターの先生がおっしゃってました。

当時のゆきはお風呂の浴槽すら手すりにつかまらないと一人でまたぐことができませんでした。

 

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エピソード④ トイトレ

トイレトレーニングは3歳(年少)から始めましたが、トイレを嫌がるようになり、頻繁にもらすため、諦めて中断しました。

年中への進級に合わせてお姉さんパンツに戻したことろ、すんなりトイレに行くようになりました。

今は、寝るとき以外はお姉さんパンツで過ごしています。

その子に合ったタイミングがあるものですね。

 

 

年中から少しずづできるようになったことが多いです。

現在ゆきは年長です。

この1年でどのくらい成長できるか楽しみでもあり、不安でもあります。

 

 

 

 ゆきが3歳の頃、あまりにも喋らないゆきに対して、お姉ちゃんのあきが不思議に思うようになりました。

「なんでゆきは喋らないの?」と良く聞かれました。

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ゆきより年下と思われる子が喋っていると、あきは「すごい!喋ってる!」と言ってました(笑)

今はあきにも、ゆきの障害のことは伝えてあります。

 

 

 

読んでいただいてありがとうございました!

 

 

ゆきが知的障害とわかるまで(3歳のころ)

前回のつづきです。

 ついにゆきが知的障害であることを知る!!

3か月後、役所の心理士さんと面談することになりました。

そのときに紹介状の内容を知って驚愕しました。

そこには知的障害の疑いありと書かれていたのです。

 

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約3年もフォローアップ外来に通っていて、先生から一言も言われませんでした。

「遅れは見られるけど、個人差もあるしね~」っていつも言ってました。

だからいずれ追いつくものだと信じていました!!

 

ショックでした。

 

心理士さんは発達検査の報告書を見て、「この数値だと療育手帳が取れる」と言いました。

 「療育手帳?」一瞬にして奈落の底に突き落とされたような気持になりました。

 

 

心理士の先生:「療育手帳を持っていると支援や補助を受けることができるようになる。だけど、手帳を持つということは障害者だと認めることになる。だから手帳の取得は強制ではないよ」

 

 

心理士の先生は淡々と事実を伝えてくれました。

それが逆にありがたかったです。

私は手帳を取得することにためらいはありませんでした。

 

こうして療育施設探しと療育手帳の申請を行うことになりました。

 

この頃は父の認知症が発覚した時期でもあり、本当に忙しかったです。

療育施設の見学に行ったり、父を病院に連れて行ったり・・・。

 

 

 

少しだけ言わせてください。

 

フォローアップ外来の先生は、なぜ親である私に知的障害の話をしてくれなかったのか?こっちだって心積もりってが必要です。

そもそもNICUを退院したときだって、成長後にわかる症状や後遺症の説明は一切ありませんでした。

ゆきが入院していた病院に行くことは救急搬送でもされない限り無いと思いますが、病院に対しては不満と不信感が・・・(怒)

 

 

看護師さんは本当に良い人ばかりだったんですけどね。

 

愚痴と不満失礼しました。

この文章で不快な思いをさせてしまったらごめんなさい。

 

ゆきのためにできることをするしかありません。

 

 

 

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

ゆきが知的障害とわかるまで(2~3歳のころ)

こんばんは。

前回に続いて、ゆきの2歳から3歳のころの様子を書きます。

 

ようやく単語が出はじめる

「ママ」「パパ」「ねぇね(お姉ちゃんのあきのこと)」など簡単な単語が出るようになりました。

通常なら2語文が出るようになるころですが、まだまだ単語や喃語のような感じでした。

 

保育園で不器用さを指摘される

靴下や靴を履くのに時間がかかること。

洗濯ばさみを開くことができないこと。

先生から、くるぶしソックスだと履きにくそうだと言われて、少し丈のあるショートソックスに変更したり、画用紙などに絵を描いて洗濯ばさみをはさんで遊ぶなどして練習しました。

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 発達検査を受ける

病院で保護者同席で初めてK式発達検査を受けました。

1回目→2歳6か月の時に検査

    発達指数80

    発達年齢1歳

 

2回目→3歳2か月の時に検査

    発達指数62

    発達年齢1歳11か月

    

実際の年齢と1年ほどの遅れがでていました。

 

先生の言葉を復唱することはできず、検査中にゆきが言葉を発したのは「はな(花)」の一回だけでした。

発語はないものの、イラストを記憶することはできていたし、イラストの意味は理解しているようでした。

 

検査報告書の一番下に

『全体的に発達の伸びがゆっくりですので、療育を使って伸ばしてあげることをお勧めします』

と書いてありました。

 

フォローアップ外来の先生に役所の発達相談を受けるよう勧められ、紹介状のようなものを書いていただきました。

 フォローアップ外来はこれで卒業となりました。

 

この状況でもまだ「普通」だと思っていました。

 

この時もまだ『知的障害』だとは知らず、療育に通えば遅れは取り戻せるものだと思っていました。

 

フォローアップ外来の先生は最後まで「このくらいの子どもの成長は個人差があるから~。急にぐんって伸びる子もいるからね」と言っていたからです。

 

発達相談に電話をしましたが、混んでいて相談まで約3か月待ちました。

待っている3か月間は時間の無駄のように思えて、落ち着きませんでした。

どうしたらよいかわからず、焦りだけが募りました。

 

長くなるので、発達相談に行った話は次回書きます。

 

 

 

3歳の七五三のときをイラストにしてみました。

 

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当時のゆきはピースができず、指を3本立てていました。

4歳過ぎまでできなかったかもしれません。(覚えてない・・・)

着物の他にもドレスなどを着せてもらい、ゆきが嬉しそうだったのを覚えています。

待ち時間や着替えのときもぐずることなく、お利口さんでした。

私もパパも初めてのゆきの着物やドレス姿に、かわいい~!!の連発でした。

 

 

読んでいただき、ありがとうございました!