ゆきの日常

知的障害を持つ娘と家族の日常を書いてます

父のこと① 父の認知症に気が付いた

こんばんは。

 

今回は父のことを書きたいと思います。

 

父はアルツハイマー型認知症になり、

2年ほど前から同居しています。

現在82歳です。

 

父は私が結婚して家を出てから約10年、ずっと一人暮らしをしていました。

父自身が

「一人が気楽だから」

「いずれ施設に入るから」

と同居を拒否したためです。

 

その後も何回か一緒に住む?と聞きましたが、断られました。

 

父には2人の介護の経験があります。

認知症だった祖母(父の母)と

末期ガンで自宅療養になった母(私の母)です。

 

介護の経験があるからこそ、介護の大変さがわかるため「いずれ施設に入る」と言っていたのだと思います。

 

父は家事ができて、きれい好きで、余計な物は持たない主義です。

今で言う『ミニマリスト』でした。

 

とは言え、高齢の父が毎食料理をしたり、買い物に行くのは大変なので、

私が勧めて父は生協を利用していました。

 

たまに私やパパが車を出して一緒に買い物に行ったり、

ごはんを食べたり、

お墓参りに行ったりしていました。

あきが幼い頃は、私と2人で父の家に泊まったりもしていました。

 

そのうちゆきが生まれ、

私の職場も変わり、

忙しさを理由にだんだん父の家に行く機会が少なくなっていきました。

 

そんなある日、父から電話がありました。

 

「泌尿器科に行きたいから、病院に連れて行って欲しい」

 

聞けばトイレに行くのが間に合わず粗相をしてしまうので、

尿カテーテルをつけたいと言うことでした。

 

尿カテーテルは交換するのに通院が必要になるし、

寝たきり等で使用する最終手段的なものなので、

私は父にまずはオムツの使用を勧めました。

 

父は納得できないようだったので、説得は諦めて病院へ行く約束をしました。

恐らく病院で同じことを言われると思いますが、

医者から言われれば父も納得すると考えたからです。

 

数日後、泌尿器科へ行くために父の家に行くと、病院の約束を忘れていました。

電話で私と話したことも覚えていませんでした。

今日が何月何日がもわかっていません。

 

11月だというのに服を着ていません。

 

何よりも衝撃的だったのは、尿が入ったペットボトルが数本置いてあり、

部屋がアンモニア臭かったことでした。

腰が痛むから歩けない、トイレに間に合わないという理由で、

ペットボトルに用を足していたのです。

 

f:id:yukismile:20210814221823j:plain

これはまずい状況だと思いました。

 

この日、私は父は認知症だと確信しました。

 

父は抵抗するかと思いましたが、

後日一緒にもの忘れ外来に行くことを了解してくれました。

(もの忘れ外来は予約制のため、この日は行けませんでした)

 

こんな父を一人にしておけないので、なるべく早く同居すべく準備を始めました。

 

祖母も認知症でしたが

祖母の場合は徘徊ぐせがあり、

虫や人が見えると大騒ぎし、

お金を取られたと言っては家族のせいにしていました。

父が祖母のようなタイプだったら、同居は考えられなかったと思います。

 

父は多少の物忘れはあるものの、幸いなことに性格は穏やかなままでした。

 

続きます。

 

今回も読んでいただき、ありがとうございました。