ゆきの日常

知的障害を持つ娘と家族の日常を書いてます

父のこと⑤認知症の父との暮らし

こんばんは。

 

現在、父は脳梗塞を発症し、老人保健施設に入所しています。

要介護1だったのが、脳梗塞を発症して要介護4まであがりました。

 

この記事は、同居を始めた2年前~父が脳梗塞になる前の出来事をまとめた日記になります。

長いです。

汚い表現が含まれます。

苦手な方は閲覧ご注意ください。

 

父の寝床

父と同居を始めてから、我が家の1階にある和室は父の部屋になりました。

 

最初は布団で寝ていた父ですが、起き上がるにはベッドの方が楽だ!

ということになり、ベッドを購入しました。

 

父のために購入した別途でしたが、ゆきが父が使っていないときにベッドを占領して昼寝をしていたり、ベッドの下に潜り込んでかくれんぼをして遊ぶようになりました。

 

家事について

父はときどき食器洗いをしてくれましたが、洗剤がほぼついていないスポンジで軽く触っているような洗い方になっていきました。

認知機能が低下してしまって、洗えていないことに気が付かないのかもしれないのと、

『何か手伝わないといけない』という思いもあったのだろうと思います。

 

汚れが落ち切らないため、必然的に2度洗いが必要になります。

父が洗い物をしようとすると「私がやるから座っていて」と声をかけて、なるべく私が洗い物をするようにしました。

 

私が洗濯物を取り込むと、父は俺も畳むよと言ってくれました。

父は畳んでくれますが、分けずに畳んだ順に重ねてしまいます。

しまう時にまた分けるのが大変なので、分けてもらうように頼みましたがダメでした。

なので、畳むのは父の分だけお願いするようにしました。

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家事についてはそれぞれ自分流のやり方があるので、自分の親とはいえ同居することでストレスになるものだと実感しました。

 

母親と娘の女同士だったら余計に厄介かも?と思ったりしました。

母はいないのでわかりませんが💦

 

本当は出来なくてもやってもらい続ける方がリハビリにつながるし、父のためになったのではないかな、と思います。

 

私も子育てしながらなので、そんな心の余裕はありませんでしたが。

 

車椅子

父がデイサービス以外で外出しようとするのは、歯医者と床屋くらいです。

外食に誘っても、一緒に来てくれることはありませんでした。

元気だったときはよく行っていた、母のお墓参りも行かなくなりました。

足腰が悪くなったので、家から出ることが億劫なようです。

 

歯医者や床屋に連れて行くときは車ですが、駐車場についてから目的の場所までの数メートルは歩かないといけないのですが、父は歩くのもやっとな状態でした。

すれ違う人は、この人大丈夫か!?と心配そうに振り向いて凝視してきます。

 

そこで、父のために車椅子を購入することにしました。

月額でレンタルすることもできたが、買ったほうが経済的と判断したためです。

パパがホームセンターをまわって車椅子を買ってきてくれました。

 

私は会社の研修で、サービスマナー研修というものを受けたことがあります。

車椅子の操作方法や白杖の方を誘導する方法を習いました。

実際にお客さまを案内することはないまま退職しましたが、こんな形で役に立つとは思いませんでした。

 

お風呂事件簿

父は入浴していて、浴槽から出られなくなったことがあります。

今思えば、心房細動のせいで脈が乱れ、動けなくなっていたのかもしれません。

当時はのぼせたのだと思っていました。

 

幸いにもこの時はパパがいたので、父を引き上げてもらうことができました。

私ひとりだったら持ち上げることができず、救急車を呼ぶことになったと思います。

 

トイレ事件簿

大変だったのは、トイレや廊下が便まみれになったときです。

父は普段おむつを履いていましたが、下痢気味で漏れてしまいました。

父は羞恥心なのか、焦りなのか、自分でなんとかしようとした結果、床や壁に便が広がり大惨事になりました。

自分の手足がどこまで汚れているかわからないようです。

年を取ると、皮膚の感覚が鈍るからですかね?

 

父は大丈夫、自分で処理すると言い張っていましたが、説得してなんとか風呂場に連れて行き、服も父も洗いました。

その後は床や壁の掃除です。

何回拭いても取り切れませんでした。

バタバタしているうちにパパが帰宅しました。

帰宅早々、パパにも掃除を手伝ってもらいました。

便器や床の隙間にも入ってしまい、爪楊枝なども駆使してパパが1時間30分ぐらいかけて汚れを取ってくれました。

 

ゆきが何回も様子を見に来ようとするので、こっちへ来ないでと言い続けました。

 

処理をするもの大変でしたが、父自身もかなりショックを受けていました。

父も好きで漏らしてしまったわけではありません。

恥ずかしい・情けない・申し訳ない・・・色々な感情があったと思います。

 

その他、日常

電気つけっぱなし、水出しっぱなし、よくありました。

歯を磨きながら、洗面所で痰を吐くなど、止めて欲しいことも色々ありました。

でも口に出しませんでした。

言ってもできないものは仕方がないし、言っても効果がないと思ったからです。

 

そもそも以前の元気な時の父なら、そんな事をしませんでした。

父はとても綺麗好きで、以前の記事にも書きましたが、家はいつもきれいでした。

できていたことができなくなる。

老いるってそういうことだと思いました。

 

それでも父の介護は楽な方だと思います。

父は深夜の徘徊がない、人を責めることがなく理不尽に怒ったりもしません。

性格がとても穏やかです。

 

私に多少の介護経験があるからそう思えるのかもしれません。

 

父と決めた施設入所のタイミング

私の祖母は在宅介護で91歳で亡くなりました。

仮に80歳の父が施設に10年間入ると考えるとそれなりにお金がかかります。

 

老人ホームは要介護3以上からです。

「いつか施設に」のタイミングはそのときにしよう!

そう父と私は話していました。

 

親と老後やお金の話をするのが難しいと聞きますが、父は嫌がることなくそういった話ができたので助かりました。

 

自分が年老いたとき、お姉ちゃんのあきが介護で不安にならないように話ができたら良いなと思います。

 

子どもが甘えられる相手

父は自分から孫と遊ぶようなことはしませんでしたが、子どもたちは父が好きです。

 

同居当時の3歳頃のゆきは指先や爪に力を入れることができず、お菓子の袋があけられませんでした。

発語も少なかったので、「あけて」も言えません。

お菓子が食べたいときは、何も言わなくてもでやってくれる父のところへ行き、あけてもらっていました。

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子どもって誰が自分に甘いかよくわかっています(笑)

知的障害のゆきも例外ではありません!

 

長くなりましたが最後まで読んでいただき、ありがとうございました。